45 天下分け目の戦いかっ! の巻

 豊臣秀吉が亡くなったあと、子の秀頼(ひでより)が跡を継いだそうな。 しかし、勢力を伸ばしてきたのは、秀吉の家臣であった徳川家康(とくがわいえやす)だとさ。 政権内部で家康の力が増していくと、秀吉の家臣であった大名たちから警戒されたそうじゃ。 家康に不満を持つ石田三成(いしだみつなり)が兵を挙げ、関ヶ原(せきがはら・岐阜県)で戦ったと・・。 家康が、天下分け目の戦いといわれた関ヶ原で勝利をおさめる...

44 秀吉の野望と桃山文化、の巻

 豊臣秀吉は、国内を統一しただけでは飽き足らず、明(中国)の征服も企てたそうな。そこで、その足がかりをつけるため、朝鮮に兵を送ったと・・。 しかし、現地で激しい抵抗にあい、2度目の出兵中に秀吉が病死したため、兵を日本に引き揚げたそうじゃ。  この朝鮮侵略で、豊臣政権の力が弱まっていったとさ。 多くの戦費と兵力を使ったため、武士や農民の負担が重くなったことや、秀吉の後継者である秀頼(ひでより)が、ま...

43 大出世、豊臣秀吉、の巻

 織田信長のあとを継いだのが、家臣だった豊臣秀吉(とよとみひでよし)じゃと・・。 大阪城を築き、そこを拠点に1590年、各地の有力な大名を従え、全国を統一したそうな。 織田信長、豊臣秀吉が政権をとっていた30年間を、安土桃山時代という。 (1573年~1603年)<秀吉の主な政策> 太閤検地(たいこうけんち)・・ものさしや桝(ます)を統一し、土地を調べて、収穫できそうな米の量を石高(こくだか)で決めること。これ...

42 おおざっぱに織田信長、の巻

 むかしむかし・・。 室町幕府が滅びたあと、織田信長は次々と有力な戦国大名を討ち取っていったそうな。 また、延暦寺(えんりゃくじ)の焼き討ちなど、抵抗する者が仏教勢力であっても、屈服させていったそうじゃ。 信長は近江(おうみ・滋賀県)に安土城(あづちじょう)を築き、城下では商工業を発展させる政策をとり、その経済力を利用して、中国地方にまで勢力を拡大しようとしたと・・。<信長の主な政策> 楽市・楽座...