17 公地・公民制が・・、の巻

 この頃の農業は、鉄製の農具が広まったことで、稲の収穫が増えていったそうな。 ところが、日照りや洪水などの災害で、凶作になることが多かったという。 租・調・庸(そ・ちょう・よう)の税は重かったそうじゃ。 おじいさんは口分田を捨てて逃げ、人口が増えたことで、おばあさんは口分田をもらえなかった。 捨てる人がいれば、もらえない人もいる。 そこで朝廷は、743年に墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう...

16 平城京をつくったぞ、の巻

 むかしむかし・・。 律令国家としてのしくみが整ってくると、朝廷は唐の制度や文化を取り入れるため、たびたび遣唐使(けんとうし)を送ったそうじゃ。 唐の都・長安を参考にして、奈良に平城京をつくってから約80年間を、奈良時代というそうな。(710年~794年) この時代は、皇族や貴族、僧侶の政権争いが続いておったとさ。しかも凶作や伝染病も流行し、悪いことばかりが起きていた。 そこで、当時即位していた聖武天皇(...