80 明治初期の外交、の巻

 欧米との外交では、1871年(明治4年)に岩倉具視(いわくらともみ)を大使として、岩倉使節団を派遣したそうな。幕末に結んだ不平等な条約である、修好通商条約を改正することが目的の1つじゃった。

 しかし、日本が近代国家として、制度が整っていない状況だったので、条約の改正は成功しなかったとさ。
岩倉使節団

 一方、中国(当時は清)や朝鮮との外交はどうだったのか。
 清との間で日清修好条規(にっしんしゅうこうじょうき)を結んだと・・。この条約は、対等な立場で結んだ最初の条約となったとさ。

 朝鮮は当時、欧米に対し鎖国政策をとっていたそうな。日本とも国交がなかったと・・。
 そこで、西郷隆盛(さいごうたかもり)や板垣退助(いたがきたいすけ)などが、武力で朝鮮を開国させようとする征韓論(せいかんろん)を主張したそうじゃ。

 しかし、欧米から帰ってきた岩倉らは、国力をつけることが先であると主張し、政府の考えが2つに分かれたと・・。

政府の分裂

 その後、朝鮮との交渉を進め、日朝修好条規(にっちょうしゅうこうじょうき)を結んだそうな。この条約は、日本が外国に不平等を押しつけた最初の条約になったとさ。

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